私の神経を逆なでする○○が、実は貴重な資源だった!

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目をそむけたくなる光景が日常茶飯事。

なんだこれ。(何合分だか不明な米(ちょっと洗ってある))

男子の服は、なんかの布でいい

男児を育てるのは大変である。

ひょっとしてこれは個性というラインを超えて、診察を受ければ病名がついてしまうんじゃないだろうか、というレベルの動きの激しさ。
ひらめいたら即行動。運動神経だけで動いている。
雨にぬれても平気。靴の中に石ころが入ってても平気。
暑くても寒くても同じような服を着る。服は、布がまとわりついていればだいたいOK。

お母さんがベテランの階段を上るとき

育児マンガの中には男子育てをネタにしたものも多い。
たいてい、未知の生命体である男児にお母さんが振り回されている。

大人が忘れてしまったものを持っているのが子どもというものなので、彼らはよく予想外のことをしでかすのだが、男児のそれはもはや別モノ。
どれだけ先読みしたって、想定外のことが毎分のように発生する。

もう、想定内とか想定外とか、自分の枠でモノを考えるのはやめよう‥‥。
起こったことをただ見つめるだけにしよう‥‥。
そうやってお母さんはベテランになっていく。

「なにか」はいつも起こっている

考えてみると、親の思うとおりに子どもが動いてめでたしめでたし、という育児マンガは見たことがない。
そんな話はおもしろくもなんともない。それどころか気持ち悪い。

「卵焼きつくる!」で、冷たいフライパンに5個分の卵液(殻入り)が流しこまれる。
「ごはんつくる!」で、何合分だか不明な米(ちょっと洗った)がリビングに用意される。
「キュウリ切る!」で、みじん切りと乱切りとピーラーでむいたやつの三種盛りができあがる。
台所だけでも毎日ほぼこれ。

庭、布団、お風呂、トイレ、食卓、家の中のあらゆる場所で彼らは「なにか」をやる。
その「なにか」はたいてい、こちらの歓迎できないものである。

男児はネタ元

男児育ては大変である。
大変だからこそ、同じ体験をしている者の共感を生みやすい。
男児育てはネタになる。

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