「アタマおかしいね!」から始まる、見てるようで見えていない世界

シェアする

フェイスブックを使い始め、自分の写真をプロフィール画像にし、投稿の公開範囲をすべてに変更。
そして、自分のこと・仕事のことを書くためにブログを始めました。
この1年で少しずつ露出の範囲を広げてきました。

誰が見るかわからないという、最初のころの恐れや恥ずかしさといったものは徐々にマヒしていって、今じゃ「アタマおかしいね!」という、私の個性に対する賞賛を受けたいとさえ思っています。

「アタマおかしいね!」
自分にはとうてい理解できないものを相手が持っている、と思ったときに感じることじゃないでしょうか。
想像を広げるなんて言っても、しょせん自分の範囲内でしか広げられないんだから未知のものなんてゴマンとある。
かかわりたくないと拒否したら、そこが自分の世界の果てなのです。それ以上は行けないのです。
そういうものもあるんだと受け入れたら、知らなかった世界が見えるようになって自分の範囲が広がる。
「アタマおかしいね!」って、未知のものに気づいた瞬間じゃん。
なんてすばらしい賞賛でしょう!

「それぞれの個性を認めよう。」
「あなたのままでいいんだよ。」
こういう言い回し、ダイッキライでした。
こんなキレイごとのあとに「でも今のあなたはよくないから、私の言うとおりにしたほうがいいよ。」という縛りがついてきてたから。
まったくもってヘドが出る。

その縛りから飛び出して自分のことを露出し始めたら、かさこ塾というものに出会いました。
そこは(大分中津だけかもしれんが、)アタマおかしい人がいーっぱい!私の知らんかったことがいーっぱい!

言い回しが違うだけで中身はたいして違わないんだけど、「アタマおかしいね!」と言われたいよ、私。

20160208_114737-1

シェアする

コメントを残す