まちがいなく肌身離さず一生使い倒してもらえる、奇跡の贈り物

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プレゼントを考える

人にプレゼントをするとき、相手のほしいものではなく自分があげたいものを選んでしまうと、たいてい失敗する。
当たり前だけど、相手のほしいものと自分があげたいものは違う。
だから、せっかくもらったけど全然使っていないとか、扱いに困っているとか、ひどいときには処分なんてことも起こる。
一生懸命に考えて選んだときほど、そのギャップが生じたときのダメージが大きい。
人にプレゼントをするときは、相手がほしがっているものにするのがいい。

だけど、たったひとつだけある。
一生懸命に考えてプレゼントしたものを、相手が一生大切に使ってくれるという例が。

それは、親からコドモへの最初の贈り物。
名前。

1日に何回使ってる?

当たり前なんだけど、コドモは私が贈った名前を頻繁に使っている。
1日に何度も使っている。

宿題のプリントに名前を書く。
持ち物に名前を書く。
名乗るときにはその名前を使う。
ごっご遊びでなんかのキャラになりきるとき、そのキャラの名前に自分の名前を付けくわえる。
そんなに気に入ってくれてるのか、その名前を。

考えまくった命名

こんなしょっちゅう使ってくれてるのだ、と考えるととてもありがたい気がする。

私には3人のコドモがおり、命名の際にはそれぞれ精一杯に考えた。
産院の窓から見える景色を折りこんで命名したリ、生まれる何か月も前からたくさんの候補を書き並べたり、名前に希望を託したリ。
そうだそうだ。目覚めている間中、名前のことばかりを考えていた時期があった。
とにかくコドモの名前のことばかり考えていたときがあった。

あんなに一生懸命考えて贈った名前を、コドモは肌身離さず持ってくれている。
そしてしょっちゅう使ってくれている。
もちろん、私を含めた周りの人たちも使っている。

ありがたいことだ。考えた甲斐があった。
名付け親冥利に尽きるというものだ。

「イグジット」のときも一生懸命考えた会社

イグジット,大分,よっしー,オモシロ消防訓練屋

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