私以外はみんな未知の知的生命体である

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試し書き

宇宙人の試し書き

娘の持っているクルトガの、クルトガ心地を家族みんなで試してみた。
クルトガとは、株式会社三菱鉛筆の、芯がクルっと回ってトガった状態が続くというシャープペン。
「学生時代にクルトガがあったらもっと勉強したのに!」とか言ってみたくなるほど有能なシャープペン。
しかし、今回の本題はそんなことではない。

本題は、夫がサラサラと書いた試し書きが漢数字の羅列だった、ということである。

こんなことを言っても不毛だとわかっているんだけど、ちょっと言いたい。
「試し書きするなら文章でしょうが、フツー!」

文章じゃないにしても、おはようとか、こんにちわとか、自分の住所とか名前とか、もしくは永字八法、8種類の書道技法がすべて含まれると言われる「永」の字とか。
そこらへんが試し書きのフツーではないのか。

私たちは奇跡的に接触している

夫のことを気の合う配偶者だと思っていたけど、それは間違っているのではないだろうか。
実は私たちが共有している部分は少ないのではないだろうか。

ひょっとしたら、ほんの一点でわずかに接触しているだけなのかもしれない。
そう考えると、夫の持つその他の部分ってどれだけあるんだろう。

これだけ密着して生活している相手でも、知っているのはほんの一部分。
知っている部分のうちで、さらに気の合う部分となると、これはもうミクロレベルといっていい。
誰かと気の合う部分があるなんてことは、宇宙で知的生命体に出会えるくらいの奇跡に近いわけだ。

逆に考えると、考えていることがまるで分らないということのほうが当然なのである。
恋人、友達、ご近所さん、顔見知り、義父母。
自分の親だって、自分の子どもだって、まるで別の世界に生きているのだ。
自分のフツーなんて通用するわけがない。

【「フツー」の恐ろしさを分析する】
できるだけ「ふつう」でいたい人に贈る、本当は怖い「ふつう」な生き方

まとめ

夫の試し書きが漢数字羅列だった件で、やけに話が大きくなってしまったが、要するに、人の後ろには広大な「その他の部分」が控えているのだ、ということである。
見えもしない未知の部分にケチつけたりしないで、奇跡的に接触している部分を大事にするほうがいいということである。
接触している部分が気に入らなかったら、場所を移動して別の箇所に触れてみたっていい。

このブログだって、私の身の周りのことを書いているが、当然ながら書いてあることが私のすべてではない。


2016-05-06 12.23.19

またひとつ、知らない世界への扉が開いた。
出口ではなく、入り口として。

社名が「出口」の会社

イグジット,大分,よっしー,オモシロ消防訓練屋

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