地震は夫婦の危機!?災害時に初めて露わになる価値観の相違

ちょっとした非常事態を感じると、関係各位に連絡とか今後の段取りとかすぐに必要なものとか、このあとなにをするかが頭に浮かぶ。
せっぱ詰まった脳が自動的に考えるからだ。

ちょっとした揺れを活用する方法

ついさっき、地震があった。
じっとしてる人が「あれ?めまいかな?」と気づく程度の、ごく軽い地震。
こういう、ちょっとした揺れこそ大いに活用したい。

ちょっとですむから、「本来ならなにをしておくべきか?」まで考える余裕がある。
そのうちやろうと思ってた飲料水の買い足しとか、車の給油とか、すでにわかっている備えをこの際だから前倒ししよう。

私は子どもたちに、リスクの可能性とイザというときの行動をもう一度語っておこう。
そして自分のカバンの中身を整理しよう。

非常時に一番怖いのは「価値観の違い」

今回の揺れは、会社で夫と仕事の打ち合わせをしているときだった。
めまいのようなものを感じたので、打ち合わせを中断した。
会社の前でやってる道路工事のせいかな?と外に出てみる。

ホンモノの地震だったとしても、速報が出るのはもうちょっとあとだろう。
もし地震だったら、今のうちになにをしておくべきか。
会社の他のメンバーは今どこにいる?そしてこのあとどんな予定だった?
家に抜かりはないか?子どもはどうしている?

私がそんなことを考えてセカセカ動いている間、打ち合わせを中断された夫はひたすら不本意そうであった。

私にしてみれば「地震かもしんないんだから構えとかなきゃ」だが、夫にしてみれば「このあと仕事が押してんだよ」なのである。
夫婦といえども、同じ防災を仕事にしているといえども、こんなに意識が違うのだ。

東日本大震災での実例

そういえば、東日本大震災の体験を本に記したイラストレーターのアベナオミ氏も文中に書いていた。
避難するか否かで夫婦間の相違があった、と。

「避難する?」
「いや、でも、小さい子どももいるし‥‥」
「だけど家も安全かどうかわかんないじゃん」

なにごともない平常時なら自分の感覚だけを頼りにしていればいい。
しかし、一度コトが起これば、それぞれの異なる価値観がモロにぶつかり合う。

時間にも気持ちにも命にも余裕のない非常時。
おまけに、どんな対応も正解とは言えない。
そんなときに、相手の価値観を認めつつお互いを尊重して最適な行動なんてできるだろうか。

私だったら「できる!」なんてとても言えない。
そんなにできた人間なら、ふだんの暮らしでそのスキルを大いに活用しているはずだ。

あるものは使え。たとえ災害でも

震度3くらいのちょっとした揺れ。
こういう「幸いなにごともなかった」小さな自然災害は次に活かそう。
ヒヤリとしただけだなんて、モッタイナイ。

なんなら日本中がときどき軽く揺れてくれたらいいのに、とかなり本気で考えている。
軽く懲りる。
それが一番効果的なんじゃないか。

なんでも使う会社

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