私たちは、まだ生きている。

ムスコが中学生になった。

突然スタートした小学校の臨時休校。
いよいよ6年間の総仕上げ、という矢先のコロナ騒動だった。
卒業式の練習などロクにできず、気持ちの盛り上がりもないまま簡素化された式で卒業証書を受け取る。
そして、引き続き自宅にこもる生活。

新年度はどうなることかと気をもんでいたら、進学先の中学校が予定通り入学式をやるという。
慌てて、用意していた新しい制服にそでを通す。
家に閉じこもっているうちに季節はいつの間にか春を迎えていた。
桜の舞う中で開催されたのは、これまた必要最低限のシンプルな入学式。

新しい環境。
初対面の先生。
持ち重りするたくさんの教科書。
久しぶりに顔を合わせる友だちと、年ごろならではのはしゃぎぶりを見せるムスコ。

大人ですら確信をもって対応できないこの状況に、彼らはさんざん翻弄されている。
なにごともなければ、6年間の小学校生活をねぎらい、中学への進学を祝い、新生活への不安と期待を経験で受け止めてあげられたのに。

しかし。
私たちは、まだ生きている。

9年前の同じ時期、東北の子どもたちも急激な環境の変化に翻弄された。
今年のように、年度末であることなど忘れられてしまうほどの混乱だった。

ようやくひと息つける状態になって学校が再開したときには、新しい学校どころか、慣れ親しんだ友だちの姿がない状況。家族を失った子もいた。
彼らの心境はいかばかりだっただろう。

少し大きめの真新しい制服と、胸につけてもらった歓迎の花かざり。
恥ずかし気に笑顔を見せる子どもたちは、ひとときの日常をどう受け止めているのだろうか。
明日からは再び自宅待機の生活が始まる。

しかし、
私たちは、まだ生きている。

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