ことわざ「のれんに腕押し」に学ぶ、これからを生きるヒント

ヘラヘラとしていたい

「のれんに腕押し」
そんなふうに生きていたい。

のれんに腕押しとは、なんの張り合いも手ごたえもないことをたとえたことわざ。
戦おうとする者にとって、対する相手が力も対抗の気持ちも持っていなかったら、なんの張り合いもない。
それが、ヘラリと垂れ下がっているだけののれんを相手にするということだ。
そののれんになりたい。

こうして改めて、のれんに腕押しの意味を考えてみると、私は戦うことが好きではないのがわかる。

私とあなたとの境界線

近ごろは、自分とそれ以外のものとの境界線について考えてばかりだ。
境目があるのはなんとなく理解していたが、どこにどんな形で存在しているのか、そんなことはこれまで一度も考えたことがなかった。

しかし、外からの力で自分が動くということに疑問を感じてからは、自分を最優先にすること・まず自分に力を注ぐようになった。
パラダイムシフトというやつだ。

「自分はどうなのか?」ということに神経をとがらせるようになったら、自分とそれ以外のものとの境界線が感じられるようになった。

境界線から1歩でも踏み出したときは注意深く行動しなければならない。
うまくやらねば、自分にとってもそれ以外のものにとってもロクでもないことになる。

反対に、境界線の内側にいるときはどんなことでも自由だ。

自由なマズジブ

まず自分。
そのことに注力していると、自分の持つ力がどれくらいのものかがわかる。
外に影響できる自分の力なんか、たいしたことない。むしろ、ないに等しい。
他人を動かす力なんてほとんどないのだ。

自分以外に使う力はない。使う気もない。
そうなると境界線の向こう側でどんなことが起こっていても、あまり気にならなくなった。
見たいものだけを見て、取り入れたいものだけを取り入れる。
とても自由だ。

のらりくらり

ときには外側から強い力で押されることがある。
正確に言うと、押されていると感じることがある。
「ひょっとしてこれは攻撃されているのかな?」と感じることがある。

しかし私は外側に対して力がなく、それを使うつもりがない。
境界線の内側でのらりくらりと自由にしているだけだ。
そうしていると戦いになることはない。争わなくてすむ。

私は力を持たず、対抗しようという気持ちも持っていない。

のれんに腕押し。
そのように生きていたい。

【あわせて読みたい、のれんの内側で考えていること】
私に同業者はいない。

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