子育ての縛りを徐々に手放していったら「育てにくい子」になってきた

3人きょうだいの末っ子を、わりと自由にさせている。
これは、これまでの子育てから学んだ、私の手法である。

これまでの経緯

上の2人、特に長子は、初めての子育てでガチガチに育てた。
長子が生後間もないころ、私、は授乳やオムツ替えの時間と回数を克明にノートに記録し、手縫いした布オムツを手洗いしていた。

保育園には行かねばならないものであり、明日の準備はしなければならないものであり、食事は食べ終えるまで集中して取り組むものであった。
当然ながら子どもとは常に激しくぶつかり、そのたびに大人の力でコントロールしてきた。

次の子でも前回を周到したやり方を取っていたので、これまた何度も激しくぶつかってきた。
しかし、しだいに増えつつあった自分の仕事が忙しくなり、手抜きをするようになった。
それは罪悪感にさいなまれながらの手抜きであったが、懸念するほどの結果にはならず、むしろ縛りのない環境で子ども本人の個性がよく見えるようになった。

自由な末っ子

さて、いよいよ末っ子。
すでに自分のやりたいことで忙しくしていた私は、年の離れた弟の誕生で浮足立つ上の子2人に世話をゆだねることにした。

私がタッチするのは肝心のところだけ。
私でなければならぬ部分だけ。
これは肌感覚だけど、子育てにおいて母親がやらねばならぬと思われていたものの8割が私の手を離れた気がしている。

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自由の裏側

ここまでだと、育児の手抜きバンザイ!みたいな話になる。
確かに、固定観念や昔の概念に縛られる必要はない。

しかし、どんなことにも存在するのが裏と表。
メリットだけを享受できないのが世の常だ。

大人の価値観でコントロールできていれば起こりえないことが次々と発生する。

【参考資料:問題児の起こす問題事】
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あとになってみればささいなことだが、渦中にいるときはそんなこと言ってられない。

この際だからハッキリ言うけど、子どもを自由に育てるのは実にやりにくい。
こちらのいいようにコントロールできないのだから当然。
選択の自由を子どもにゆだねると、大人の都合はほとんど利かなくなる。
決していいことばかりではない。

子育て実験中の会社

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